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【人間の生きる価値】介護を受ける老人と障害者を見て思う事

人生いろいろありまして。

  • 人はなんのために生きるのだろう?
  • 生きることなど無意味ではないか?

と、思い悩むことも多くなりました。

私は夫を失った自死遺族です。子供はふたり。夫を失う以前は、飲食店で扶養範囲内でのパート勤務をしておりました。ひとり親になってしまったため、転職活動に励み、7社目の面接にて、現在の職場に正社員として就職。

現在、介護施設の事務員として働いている毎日です。

職場にて。介護を受ける老人や、障害を持った人の姿を見ながら考えていたこと。

【人間の生きる価値】介護を受ける老人と障害者を見て思う事

出典・pixabay

介護を受けている老人は、人の助けがあって生活を送ることができています。障害者も、人の助けがあるから生活を送ることが出来ている。

周囲からの助けがないと生きていけない人たちを見て、思ったことがあります。

生きることに価値があるかないか。図ること自体が、愚かなことであるなぁと。

「価値」という概念で命がはかれない

資本主義社会に生きていると…生産性を価値のものさしとされる場面が多いです。

そもそも生きている命に対して「価値」という考え方はそぐわないものだと感じています。なにをもって価値をはかっているのだろうか…。

お金持ちと貧乏人

最も単純なものさしである「お金」で考えてみます。

  • 年収が1000万を超える人
  • 生活保護を受けている人

社会に迷惑をかけていると捉えられがちな生活保護ですが。後者は生きている価値がないのか?と言われたら、そうではないはずです。

年収1000万円の人は、会社にとってはその報酬を払う価値のある人材なのでしょう。

それを抜きにして。どちらの人も、生きていてほしい、誰かの大切な人であるはずです

テトテ
テトテ

私は夫に生きていてほしかったなぁ。

若者と老人

出典・pixabay

次に、その人がもっているこれから生きる「時間」で考えてみます。

  • 20代
  • 80代

若い人が不慮の事故で亡くなった場合や、働き盛りの父親が亡くなった場合など。

長生きをして亡くなった人よりも、大きい死亡保険金であることが多いです。

じゃあ、80代は10代より価値がないのか?

それも、答えることは不可能です。これから生きるであろう、稼げたであろう金額というものが、亡くなった時に計算されて、その金額に差があるとしても。

何歳であろうとも、どの人間も、誰かの大事な人です。

障害者と健常者

半身まひであったり、筋肉が衰えていく病気であったり。

その人たちに生きる価値がないのか?

そんなこともないはずです。

そもそも。健常者だから生きている価値があるのか?と問われたら、そういう事でもないはずでしょう。

自分自身の生きる価値

自分で自分の生きる価値を感じることが出来たら、どんなに生きていきやすい事でしょう。

  • 子供たちにとっていい母親でありたい
  • 辛くても頑張れる人間になりたい
  • 優秀な人間になって収入をアップさせたい

結局のところ。自分の価値は、資本主義的なものさしで証明したいのです。自分が役に立つ人間でないと、生きていてはいけない気持ちになっています。

みんな生きて、穏やかに過ごしていてよ。

いいよ。

生きる価値なんて、よくわからなくても良い。

穏やかに生きて過ごしていてよ。

私自身も、生きている意味が無いかもしれない。生きる価値など無い人間かも知れない。

でも、生きていくよ。

価値がない人間は生きていてはいけない、というような。

うすらさみしい考えに、染まらないで生きていたい。

生きて欲しい。

えらくなくてもいい。すごい人じゃなくてもいい。

おじいちゃん、おばあちゃん。また一緒に、お料理しよう。一緒に遊ぼう。

また、笑おう。

生きる価値があるとしたら、そういう時間を過ごせている瞬間に感じられるものであるから。

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