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供養って何?「亡くなった人に対して行うすべての行い」の事

夜のお散歩コースは、夫のお墓が目的地になりました。てとてです。

夜な夜な墓地へ足を運び、たまに飲み物を供えては、手を合わせたり、ぶつぶつ話しかけたりしています。時には夫に甘えているつもりで「ちょっと、のっからせて~…」といいながら、墓石の上に頭をくっつけたり、お骨のしまわれている周辺を一生懸命なでたりしています。

はたからみたら変な人かも(/・ω・)/

日中だと、人目が気になるものの。夜の墓地ではダイジョウブイ!そんな古いギャグを言いつつも。

供養をするって、なんだろう?

という素朴な謎を、今日は考えていました。

供養ってなに?「亡くなった人に対して行うすべての行い」の事

お墓参りをする女性
出典元・いらすとや

供養とは…?

亡くなった人などに対して冥福を祈る、すべての行いのことを言います。

引用元・いいお墓ホームページ

一番さっぱりして、わかりやすい説明だったため、引用させていただきました。

亡くなった人に対して冥福を祈る、全ての行いが「供養」ということであるのなら…

  • 食べ物やお花を供えたり
  • お墓や仏壇をきれいに掃除したり
  • お経をあげたりする

というのは勿論のこと。

故人のことを思い浮かべて「そっちは元気にしてるかな?のんびり見守っていてね」と語りかけること。

なにかを買う時に「どれがいいと思う?こっちが美味しいかなぁ?」と故人の好みなどを思いめぐらせてみること。

思い出の場所を訪れては、「一緒に行ったよね。またいつか会えたらさ、また出かけようね。それまで、お空でのんびり待っていてくれると嬉しいな。」なんて、やはり語りかけてしまうこと。

これらもすべて「故人には安らかに過ごしていてほしい」という想いからの語りかけであることから。ふとした日常で、故人を思い浮かべること自体が供養なんだろうな、と考えています(*’ω’*)

カルディで珈琲豆を買うのも「供養」?

私と夫は一緒に良く珈琲を飲んでいたため、お供えをする飲み物は基本的に珈琲です。

先日のこと。珈琲豆が切れそうになり、お散歩をしながらお買い物へ行きました。道すがら思いめぐらせていたのは、脳内での「夫との珈琲購入会議」です。

👇脳内の会話

テトテ
テトテ

ねぇねぇ。パパス。珈琲豆を買いたいんだけどさ、スターバックスで買うのと、タリーズで買うのと、カルディで買うの。どこにしようかなぁ?

パパス
パパス

てとてが好きな豆を買ってください。

テトテ
テトテ

うーん…。ドラッグストアでお手頃なやつでもいいかなぁ。最近、頑張ったからって、値段が高いコーヒーを飲みたいだけかも。

パパス
パパス

てとては頑張っているんだから、たまには値段を気にしないで買うのも良いと思います。

\脳内会議終了/

テトテ
テトテ

パパス。いつも好きにしていいよって言い続けてくれたよなぁ…。あんまり会議にならないや☆

結婚生活の中で、夫に何かを反対されたことがありません…。そのため脳内会議では、私が希望を言いたい放題言い、夫はいっつもイエスと言って終了します(;^ω^)

ごめんね、パパス。パパスのすることも、今まで反対をしたこともないけれど…最後の決断だけは、いまだに「いいよ」とは、素直に思えないの。それでも、よほどの想いだったのは伝わっているから、助けられなくてごめんね。と、ずっと想い続けます。

高い珈琲を買ったって、一緒にあなたと飲めないのなら、美味しさも半減しちゃうんだよ~…。お手頃な珈琲を買ったって、一緒に飲めたらなんでも美味しかったし、稀に美味しくない珈琲の時だって「ゲー!これ、あんまりだねぇ」なんて、笑いながら飲めたんだよなぁ…。

私の味覚は、そんなもんです(笑)

結局は、カルディでアイスコーヒー用のブレンドを買って帰りましたとさ。※私にとってカルディはステキ珈琲です☆

夫の事を想いつつ。アイスコーヒーを淹れては、一緒に飲んでいるつもりで自分で飲む。これも供養。そう考えると、私の生活は供養だらけ。

これを読んでくださっている方も、自然と供養をたくさんしているんだろうな、と思います。

供養コーナーをこれから作ります

供養コーナー
とりあえず撮影した実際の本棚

我が家にはすでに、お墓も大きい仏壇もあるのですが…自分の寝室に、ちょこちょこ話しかける用の「ミニ・夫コーナー」を設置しようと計画中です。

ベースになるのは、夫が中学生の頃に授業で制作した木製の本棚

お義母さん、良く取っておいてくれたなぁと、感謝です。

ふるくって、ちょっと曲がっている、夫の作った本棚。梅雨が明けたら良く磨いて、さてさてここに、なにを飾りましょうかしら。

会いたいよ。会いたいけれど、会えないことはわかっているのです。それでも尚、想いだすことをやめることができません。

それなので、せめて。たくさん思い出して、たくさんの供養をしながら生きていこうと思います。

それぞれの人が、それぞれの大切な人へ。大切な想いと共に、生きていけますように。1日ずつ。1歩ずつ。

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